夜行列車の想い出

現在ではサンライズ以外廃止になった定期夜行列車だけど過去の夜行列車・想い出乗車レポートと夜行列車に纏わる懐かしい夜行列車ブログです(1975年以降から)

寝台特急 はくつる (B寝台)

1996年4月26日(金曜日)、上野駅15番線で青森行きの寝台特急はくつる」の入線を待っていた。実は春休み期間中とゴールデンウィークの春臨に運転される臨時急行「八甲田」は編成に14系寝台車が3両(何れも3段ハネ)が連結されてハザ9B+ハネ3Bの12両編成になるため、これは写しに行こうとK君から誘われて、朝は24系「はくつる583系臨時「はくつる」と臨時急行「八甲田」昼間は津軽線か海峡線で快速「海峡」、夕方は奥羽線鶴ヶ坂津軽新城の白旗野踏切他で夕方の「日本海2号」、583系の「あけぼの82号」、24系「鳥海」、「あけぼの」他を撮影するプラン。

 

本当なら費用を抑えるために臨時急行「八甲田」のB寝台に乗って向かいたかったが「八甲田」に乗ると肝心の「八甲田」が撮影出来なくて1日を無駄にするため、苦肉の策で「はくつる」をB寝台をチョイスした。ゴールデンウィーク10連休の前夜なので上野駅ホームには多くの旅人が居たが13番線ホームには明朝、苫米地~北高岩の撮影地で迎え撃つ、臨時急行「八甲田」が既に入線しており、何か妙な気分である。15番線ホームには22:10に寝台特急はくつる」の回送が入線して早速7号車のオハネフ25-118に乗車して牽引機を確認しに行くと田端運転所のEF81-133。

 

ホーム売店で缶ビールとツマミを買って車内に戻り、デッキから車で東北自動車道を驀進しているだろうK君へ携帯電話から電話すると安達太良SAで休憩してたので早速今夜の11列車はパーイチの133号機を伝えて明日朝に八戸駅で待ち合わの約束をして寝台に戻ると臨時急行「八甲田」は既に発車していた。寝台特急はくつる」に乗り込んで待機していると22:23に上野駅を発車して7分前に発車した臨時急行「八甲田」の後を追いかけるように上野駅を離れた。下り「はくつる」に乗るのは昨年1995年6月以来だがどちらかと言えば仕事で使うのが多いけど鉄道写真の撮影で乗るのは初めてかも知れない。

 

車掌の切符拝見が終ると浴衣に着替えて買ってきた枝豆をつまみながら缶ビールを飲んで1996年G.W前半戦の旅のスタートを祝う。「はくつる」の3分前を走る通勤快速「ラビット」の所為で北斗星の様に飛ばさないけど大宮駅(22:49-50)に到着すると同時に明日は朝6時半起床予定なので早めに寝具を敷いて横になって考え事をしていたらいつしか夢路を辿ったらしい。以下は就寝中の停車駅と時刻・・・宇都宮(0:01-01)・盛岡(5:31-35)・一戸(6:25-25)。昨夜は早く寝たせいで早く目覚めて一戸駅の発車時刻には目覚めていた。

 

洗面と歯ブラシが終ると二戸駅(6:31-31)・三戸駅(6:44)と停車して下車準備を終えたので苫米地~北高岩の撮影地を車窓から眺めていると、「はくつる」を撮影しているK君を発見して手を振っているとすぐに八戸駅(7:00-02)に到着したので下車して約束の場所で待っているとK君がすぐに来て撮影地まで運ばれた。撮影地に到着すると僕の場所がキープしてあり本日の8105レ(臨時「八甲田」)はED75-751(オリエントサルーン専用機)限定運用指定なので同業者が多いとか。やがて約30分数分後に通過した8105レを撮影して津軽線へ移動して快速海峡などを撮影。

 

その後は奥羽線鶴ヶ坂津軽新城の白旗野踏切で夕方の「日本海2号」、583系の「あけぼの82号」、「鳥海」、「あけぼの」に急行「あおもり」の583系回送を撮影して1日を終えたがそういえば583系の臨時急行「津軽」は来なくて時刻表にも掲載は無かった様であった。旅を終えて帰宅後に"鉄道ダイヤ情報"で確認すると春臨で「津軽」は設定がなかったようである。1996年春臨は583系の「はくつる81・82号」や「あけぼの81・82号」の電車寝台特急の方が需要ありそうだし、特急料金と寝台料金分の増収分も大きい。ファンとしても急行マークの夜行列車なんて魅力がない。

 

        ★★★★★Memories of the night train★★★★★