夜行列車の想い出

現在ではサンライズ以外廃止になった定期夜行列車だけど過去の夜行列車・想い出乗車レポートと夜行列車に纏わる懐かしい夜行列車ブログです(1975年以降から)

急行 八甲田(上り・自由席)

1996年7月28日(日曜日)、 青森駅で上り臨時急行「八甲田」を待つ予定だったが列車は青森駅始発だが実際には函館からの臨時快速「海峡86号」が19:01に到着して19:55発の臨時急行「八甲田」になるのだがここで疑問。青森駅で一旦客出しして車内清掃するのか、はまたま青森からの14系座席車が別運用になるのか、更にそのまま車内整備もせずに乗せちゃうのか不明であり、同じ趣味仲間で詳しい人に問えば7/27の臨急8108レは何もせずに客扱いするとのご教示を頂き、急遽津軽線蟹田駅から臨時快速「海峡86号」に乗れば待つ手間も省ける訳で今回は異例の乗車となり、青森駅へ19:01に到着すると車内放送が「この列車は19:55発の上野行き、急行八甲田になります」と案内。

 

乗車している8号車は下り「八甲田」で乗ったオハ14-49だが周辺の青森駅から進行方向が変わるため、周辺の席を回して向きを変えてから進行方向・右側の席を1ボックス作って席に荷物を置いてから先頭まで歩いて行くと青森運転所・東派出所のED75-759の連結が始まり、最後尾にはMOTOトレインのオハネ14とマニ50が連結されていた。他の自由席も見て回ると驚くくらいに空いているが日曜日発の臨時夜行急行は人気がないようである。青森市ねぶた祭り8月2日~8月7日)前だし、明日は平日なので余計空いているのかも知れない。

 

8号車の車内に戻るとキープしてある席以外は座席の向きが変わってて弘済美装の服を着た清掃スタッフが車内のゴミを片付けて簡易清掃作業中だった。函館から来た大阪行きの寝台特急日本海4号」が入線すると青森駅からの利用者が多かったけど臨時急行「八甲田」の客は余り増えないまま、青森駅を19:55に発車した。発車と同時に親子共々「わかどり弁当(800円)」を夕飯にして自分はビールも飲んだけど内容は野辺地駅の「とりめし」をデラックスにして鶏の照り焼きの量が増えてる感じだけど夕飯には量が少ないけど昼食が遅かったのでまぁこれで充分か。

 

青森駅の駅弁といえば1978年から1982年くらいまで青森駅伯養軒「ひなどり弁当」に思い入れがあって青森らしくイカリング揚げなどが入ってた当時500~600円の駅弁であった。上り臨時急行「八甲田」は浅虫温泉(20:12)と小湊(20:21)に停車しながら野辺地(20:38-39)に到着するが区間利用で下車する人ばかりで乗車客が皆無なので盛岡駅までは大きな動きが無さそうだ。わかどり弁当の夕飯を済ませた自分は姫帆立貝の貝柱燻製でカップの濁り酒を飲み、まったり座席夜行の雰囲気と濁り酒に酔いしれていると三沢(21:02)に到着。

 

21時なので前の席と後ろの席をリクライニング(奇跡か故障か簡リクがロックするんだけど)させてそこに息子を足伸ばしたまま寝かさせて僕は普通に前の席に足を投げ出して寛いでいるけど2泊連続の座席夜行は疲れたのか減光する前に寝てしまった。列車は八戸(21:20-21)に到着すると少しは纏まった乗車があったけどそれ以上に下車客もあって車内は少なくなる一方で8号車の現状では1人1BOXで占有しても間に合うくらいの乗車率なのが笑ってしまうけど翌日平日の夜行列車が原因か?青森県最後の停車駅になる三戸(21:37)を過ぎると目時~金田一温泉間の馬淵川橋梁で岩手県へと入った。

 

列車内の照明はいつの間にか減光されて二戸(21:51)・一戸(21:58)・沼宮内(22:29)に停車すると岩手県の県庁所在地駅で、杜の都でも有名な盛岡(22:53-57)に到着。しかし昨夜の寝不足が祟って盛岡駅を発車する前に寝てしまったが以下は就寝中の停車駅と時刻・・・花巻(23:25-25)・北上(23:36-36)・水沢(23:50-50)・一ノ関(0:10-11)・黒磯(4:06-13)・宇都宮(4:42-53)。2:40頃に目が覚めたら松川駅へ運転停車中だったのだが松川では青森を21:00に発車した臨時特急「はくつる82号(8002M)」を先行通過させるための運転停車駅だったが該当日は8002Mの設定がないので時間調整だけで終わり自分もすぐに寝たようだ。

 

結局朝、目が覚めたのは5時過ぎの小山(5:14-14)入線と当時で寝惚けたまま関東地方に連れらて来た感じで同じく爆睡していた息子を起して歯磨きと洗顔を則して自分も歯ブラシやタオルを持参して洗面所へ行く。寝台車と違って座席車は1両に洗面所が1ヶ所しかないので2人で交代に使い、トイレなどにも行くと「八甲田」は東大宮~蓮田を通過して土呂~東大宮を走行中だった。急いで下車準備が終ると大宮(6:04-05)を発車するところだった。流石に初日は始発の新幹線移動で早起き、二晩連続座席夜行の仮眠で流石に疲れてしまい、赤羽(6:19)に到着して残り僅かを走ると上野駅13番線へ6:30無事到着。

 

上野駅からこのまま自宅まで帰るか?と息子に問えば予定通りに「あさま」「しなの」「あずさ」乗り継ぎの旅に向かうとの事で  ┐( -”-)┌ ヤレヤレである。GO・GOフリーきっぷフル活用の旅も楽ではない。

        ★★★★★Memories of the night train★★★★★