夜行列車の想い出

現在ではサンライズ以外廃止になった定期夜行列車だけど過去の夜行列車・想い出乗車レポートと夜行列車に纏わる懐かしい夜行列車ブログです(1975年以降から)

寝台特急 瀬戸(B寝台)

タイトルを見てえええー帰りも「瀬戸」なの?と思う人が殆どだろう。朝到着すれば昼くらいには仕事を終えて飛行機なり新幹線で戻るのが普通だと思うし、自分もそのつもりであった。今回高松へ仕事で行った会社は自分が担当するクライアントとの打ち合わせと担当者全般との会議なのでそれこそお昼くらいに終る筈であった。因みにこの会社には旧知の真柄の知り合い(同じ同業趣味者=鉄道ファン)もいて昼飯でも食べようと約束していたのだが鉄分濃い話をしながら久々に雑談しながら昼食を済ましたのであるがこの男が自分の仕事に介入してきた。

 

1998年度上期の新営予算提案はすでに打ち切ってる筈だし、部課長決済の起案書を書いてもらってもなかなか通らないのは常であり、直属の上司と話さないと埒があかないのだが自社の上司へ報告など本当なら帰社したら会議が待ってるはずなのに相手先企業の直属上司と経理部の承諾をもらってこれから話を詰める事を自分の上司に電話で伝えると珍しく急いで帰る必要はないのでゆっくりして来いとの事で、機嫌もよいので帰路も寝台特急「瀬戸」で帰る事に決まった。

 

1998年1月21日(水曜日)、 17時までキッチリ仕事して17時から前出の旧知の真柄氏と軽く飲みに行くが寝台特急「瀬戸」の特急寝台券は9号車の禁煙車下段で買っておいた。瀬戸の発車時刻が20:37なので2時間は飲める計算だけどお互いに翌日も仕事なので飲む量はペース配分したけどお互いにいい仕事になって久々美味い酒を飲めた。家族への土産と遅い夕飯の駅弁を買って高松駅9番線で「瀬戸」の入線を待っていると20:15に寝台特急「瀬戸」がバックで入線。客車は昨日と同じく9号車なのでオハネフ25-153で牽引機は田端運転所のEF65PFのA61~A62運用と続き、回7レ⇒9レ⇒10レ⇒回8レと仕業するので帰路の「瀬戸」も同じEF65-1111であった。

 

高松駅発の特通客10列車は発車22分前入線なので落ち着いてPFのヘッドマークと最後尾のテールマーク(オハネフ25-302)を納得がいくまで舐めるように眺める。テールマークが25形の車体色(青20号「ブライトブルー」)とテールランプの明るさに映えていい雰囲気だ。PFに取り付けてある丸いマークもPFのEF65色である青15号とクリーム1号に瀬戸のHM(ヘッドマークの略)がいい具合にマッチングしている(本当はPだと尚更いい)。PFの前照灯もハイビームに変わったので自分も飲み物を買ってから車内に戻ると定刻20:37に高松駅を発車した。

 

接続の特急「うずしお26号」が遅延していると「瀬戸」の発車待ちがかかる時があるけど今夜は所定時刻で発車するとすぐに高松車掌区の車掌が寝台特急券と乗車券の拝見に来た。夕飯時刻にはやや遅いけど第1希望の「穴子めし」は売り切れていたので第2希望の「讃岐五目寿司」と発車間際に購入した缶ビールで今宵の夜行列車ゆうげを楽しむ事にしよう。缶ビールを飲みながら820円の讃岐五目寿司を食べるが、中身は酢飯の上に海老、穴子、ママカリ、タコ、コハダ、椎茸などを載せたちらし寿司、岡山駅「桃太郎の祭すし」によく似てるけど特に穴子とママカリが美味くてビールも進む一品である。

 

今夜は夕方から旧知の真柄と飲みに行ったし、更なる讃岐五目寿司と缶ビールで腹一杯なので満足していると列車は坂出(20:56-58)に到着。「瀬戸」は岡山までB寝台は立席特急券で乗れるけど9号車にそのような乗客は今のところ見かけない。宇多津構内の短絡線を通って宇多津駅は通過せずに瀬戸大橋線本四備讃線)に入ると先頭のEF65PFが乾いた音の汽笛を長く鳴らして夜行列車独特の旅情と哀愁をひしひしと感じてしまい、涙が出そうになる。国鉄型直流電機機関車の音は心に染み渡っていいなーと思わず唸りたくなる(ED75やEF81のピー音も嫌いじゃないけど)。

 

無事瀬戸大橋を渡り終えて本州へ入るとJR瀬戸大橋線本四備讃線)と瀬戸中央自動車道部分と分かれて列車は児島(21:17-19)に到着した。ここで車掌が、高松車掌区から岡山車掌区へ、運転士が高松運転所から岡山運転区の乗務員に変わり、児島駅を境に運転指令(輸送指令)も高松指令所から岡山総合指令所に変わっている。運転士の交代を2分で行うのは時間的にギリだけどパンタ確認・足回りの走り装置確認に交代運転士との引継ぎなどやる事多数で大変そうだ。「瀬戸」は下り・上り全区間牽引定数51の特通客C2なので表定速度76.1kmをキープしている。

 

本四備讃線瀬戸大橋線)の末端区間を高速で走ると茶屋町駅から宇野線宇野みなと線)に入ると岡山市内にある備中箕島駅を一瞬で通過して伯備線山陽線吉備線などの線路と合流すると岡山(21:42-44)11番線ホームに入線。入線した時はホームに「瀬戸」へ乗車する乗客が多かったけど9号車は相変らず人気がなく、閑散としているがそれでも下段の一部だけは埋まってきたが、これじゃあ6両編成の寝台特急サンライズ瀬戸」で充分に間に合ってしまいそうだ(ちょっと不安が募る・・・大丈夫かぁ~?)。2分停車を利用して甘くない缶コーヒーを購入すると岡山駅を発車。

 

そうえいえば岡山駅から乗った指定券を持たない最終上り新幹線乗り遅れ客らしきゲストが数名我が号車にも来た様だがデッキに出て携帯電話にて自宅へ電話して帰りも夜行列車になったので明日朝8時前に帰宅したらすぐに風呂入って着替えて簡単にすぐ食べれる朝食を食べてから会社へ直行するので準備を頼むと伝えてから自分のベッドにシーツや毛布などをセットして夜行連泊と明日は帰宅後すぐに会社へ行くのですぐに就寝した。以降は就寝中の停車駅と時刻は以下の通り(時刻が<>は運転停車)・・・姫路(22:49-51)・三ノ宮(23:37-38)・大阪(0:02-05)・米原<1:31-33>・岐阜<2:10-11>。

 

名古屋<2:33-37>・浜松<3:49-50>・静岡(4:45-46)・富士(5:13-13)・熱海(5:43-44)、目が覚めた時は既に東海道線東海道貨物線が分かれていたので小田原~鴨宮間を走行中の様で8時間はぐっすりと眠れて今朝は気分がいい。昨夜岡山駅で購入した微糖缶コーヒーを飲みながらまったりと朝を過ごしていると早いものでもう平塚駅通過だ。馬入川橋梁(相模川)を渡る時に後方に富士山が見えたのが嬉しいけど髭剃りに歯磨き&洗面と下車準備をしながら待っていると時間の経過は早くて大船の観音様に戸塚~横浜間にある清水谷戸隧道を通過すると横浜(6:46-47)に入線した。

 

そろそろ寝坊してた他の乗客も通路に出たり降りる仕度などでブルートレインの朝らしい新しい一日の朝が始まるがブルートレインで迎えた日は1日が長く感じるので有意義に使いたいものだがビジネスマンというかサラリーマンはそれが無理で1日せかせか動いて無駄に使いそうに思えてならない。川崎駅を一瞬に通過して六郷橋梁(多摩川)を渡れば大都会東京都23区に入り、品川駅を通過すると既に「出雲2号」と「銀河」は品川客車区へ入区完了しており、洗車する白金番線へ移動待ちなのだろう?。

 

因みに品川客車区界隈の線路(番線)には「月見(到着線)」「白金(洗浄線)」「札の辻(出発線)」の古風な名前が残っていました。やがて新橋手前から東京駅到着と乗り換えの長い車内放送が聞こえてきて上り寝台特急「瀬戸」の旅が終わりである事を告げている。寂しいようで降りたくない気持ちと早く到着して降りたい気持ちがちょうど50%ずつの心境なのだがブルートレインファンならこの気持ちは分かってもらえるかな?。今日は急いで一旦自宅へ帰るので神田寄り中央階段付近に扉がかかる号車まで移動して待機していると定刻7:12に東京駅10番線ホームに到着。

 

自分はダッシュで田端方面ホームに移動して早歩きで帰宅して風呂⇒着替え⇒朝食の順にこなしてそのまま会社へ戻った。今日は1日長い日になりそうな予感がする。

        ★★★★★Memories of the night train★★★★★