夜行列車の想い出

現在ではサンライズ以外廃止になった定期夜行列車だけど過去の夜行列車・想い出乗車レポートと夜行列車に纏わる懐かしい夜行列車ブログです(1975年以降から)

寝台特急 北陸(B1)

1997年2月28日(金曜日)、 金沢出張も無事終りそのまま17時で帰れたけど飲み会の席を用意してくれたのでご好意に甘えて21時少しまで飲んで金沢駅前で別れて自分はみどりの窓口で今夜の寝台特急「北陸」ソロの空席照会をしてもらうと10部屋以上の余席があるので9号車の1階部屋で調べてもらうと9号車15番の指定券が印字されて購入。家族の土産物(あんころ餅、塩どら焼き)を買ってからホームに上がると「北陸」の入線にいい時刻である。「北陸」9号車乗車位置で待っていると21:47に長岡運転所のEF81-149に牽引されて入線すると早速9号車(スハネ14-756)に乗り込む。

 

15番は指定された1階のソロで長岡まではベッドに座って進行方向を向いて進めるベストなポジションで明日は土曜日で会社は休みなので寛いで帰ろうと思う。ワンカップ清酒の「福正宗」「加賀鳶」と珍味のちくわなどを購入して発車を待っていると22:08に金沢駅を発車した。発車するとすぐに金沢車掌区の車掌が登場して指定券類を渡すと代わりに個室ルームキーをもらったので早速乾杯だ。淡麗辛口の日本酒が喉越しよくて珍味のちくわも清酒との愛称もよく、ゴクゴク飲んでしまう。列車は最初の停車駅である津幡駅(22:18-19)、そういえば寝台特急「北陸」に乗るのも3ヶ月振りである。

 

1996年11月の3連休に家族で往復「北陸」ソロを3部屋取って北陸の温泉宿で2泊したけどあの時は上野駅へ到着したら自宅へ帰ってシャワーを浴びてからそのまま出社したのだが翌日休みの今回は本当に有り難い。しかし「銀河」も「北陸」も出張利用が多く、本人は出張移動と旅行利用と区別せずに楽しんでいるけど出張移動ともなれば酒の量も控えて翌日の事を考えて早く就寝する以外に大差ないかもしれない。なんて考えていたら高岡(22:42-43)に到着したが、氷見線城端線の乗り換え駅だけど9号車乗車したのは3名のみである。

 

この寝台特急「北陸」に乗車すると初めて「北陸」乗ったのを思い出す!当時はまだ個室連結などなくてB寝台は全車3段寝台で2段寝台へ改造するなんて噂話も無かった頃で上野~長岡間の牽引機がEF58からEF64に切り替った頃であると記憶するが偶々7号車のスハネフ14に当ってしまい、発電機を回すディーゼルエンジンの音が気になってあまりよいイメージがなかった寝台特急でもあった。まさか12両編成の内、半分の6両が個室化されるとは夢にも思わなかったし、その後に出張や個人の旅行で乗る機会が増えるとは当時では考え付かなかったよ。

 

2本目も清酒も想い出をつまみして飲み干すと列車は富山(22:58-58)に到着したので少し早いけど今夜はこれでベッドに入る事にしよう・・・車窓はまだ雪が舞ってるけど個室の照明をOFFにしておやすみなさい。以降は就寝中の停車駅と時刻、魚津駅(23:17-18)・糸魚(23:57-58)・直江津(0:27-30)・長岡駅*(1:30-2:06)・越後湯沢駅*(3:05-09)・上駅*(3:48-50)・高崎駅(4:44-46) *は運転停車」 。翌朝目が覚めたら列車は上尾~宮原を走行中で雪による遅延はなく、所定時刻で大宮(5:53-54)に到着した。金沢駅で購入した生温くなった甘くない缶コーヒーを飲みながらまったり過ごす。

 

洗面と歯磨きに下車準備を終えると列車は荒川を渡って京浜東北線の東十条を通過すると車内放送では上野駅からの乗り換え案内が流れており、尾久駅の前後で尾久客車区と田端運転所が見えてくると井堀信号所の脇を通過すると鶯谷駅の先で上野駅地上ホームと地平ホームに行く線路に別れて乗車している寝台特急「北陸」も地平ホームに進み、所定時刻の6:19に上野駅14番線ホームへ入線してもっと乗っていたかった北陸の旅が終った。牽引機確認するために上野駅・大連絡橋には向かわずに真っ直ぐホームを進むと長岡から上野まで牽引してきた長岡運転所のEF64-1052を確認してから帰宅した。

 

        ★★★★★Memories of the night train★★★★★