夜行列車の想い出

現在ではサンライズ以外廃止になった定期夜行列車だけど過去の夜行列車・想い出乗車レポートと夜行列車に纏わる懐かしい夜行列車ブログです(1975年以降から)

寝台特急 北陸(B1)

1995年12月22日(金)、上野駅14番線ホームで嫁と子供の3人家族にて寝台特急「北陸」の入線を待っていた。翌日の23日は祝日で24日は日曜日なため、子供はそのまま冬休みに入るので夜行列車往復2泊と宿1泊のショートな旅だが予定を組んでる時は25日の月曜日は休暇が取れれば休むし、無理なら帰宅後に出社の選択だった。12月下旬の北陸は雪囲いが設置された兼六公園を見るのと子供が1人用B個室乗車を推してきたからだ。

 

1990年3月10日~1992年3月12日までの寝台特急「北陸」は12両編成中、1人用B個室ソロが5両(2.4.7.8.9号車)連結されているため、家族3名で同じ号車の個室を取る事はかなり難易度が高い。通常の指定席やB寝台ならマルス端末1回の操作で4枚分取れるが個室は1枚しか取れないため、最悪3名が別の号車にばらけてしまう可能性がある。そこで3ヶ所の駅みどりの窓口に10時打ちで9号車限定で操作してもらったら9号車のみでソロが無事取れて冒頭部分に戻る。また例によって頭でっかちのレポートになってしまった。

 

「北陸」入線の案内放送が響くと尾久寄りのカーブからスハネフ14の推進運転用ライトとテールマークが見えて発電用ディーゼルエンジンの騒音を周囲に撒き散らしながら22:45に推進運転で回送3011列車が入線した。扉が開くと早速9号車に乗車すると尾久客車区のスハネ14-751に乗り込み、各自渡した個室寝台券とレール&レンタカーの往復2割引きの片道乗車券を渡して各自が個室へ向かった。用意したのは9号車の3番・6番・7番の3部屋でこんなに部屋位置が纏まるとは思わなかった(9号車限定の10時打ちのおかげか?)。

 

12号車の前に連結されている機関車を確認すると長岡運転所のEF64-1053なので家族で記念写真を撮影して乗車口の方向幕を入れて記念撮影もする。ホーム売店で各自の飲み物を購入して車内に戻ると基地としている3番の部屋に集合する。上野駅を23:03に発車して車掌が来ると各自銘々に特急個室指定券と乗車券を纏めて渡して個室キーカードをもらうと各自の部屋に移動して翌朝までフリータイムにした(息子も嫁も久々のソロ個室を楽しみにしてたのでね)。因み私は3番(1階)、息子は6番(2階)、嫁は7番(1階)で全ての個室が長岡まで進行方向に向いて座れる部屋なのが奇跡のようだった。

 

「北陸」と言えばこの5年間は出張で乗るのが殆どで近年個人的な旅行で乗ってないから新鮮な気がするけど缶ビールを飲み終えると大宮駅(22:28-30)に到着。高崎線に入ってから嫁と子供の部屋へ行くと2人は部屋を真っ暗にして流れ行く車窓に夢中だった。自分もベッドに入って快いジョイント音を聞きながら北陸路への旅に期待しつつ、いつの間にか寝てしまったようだ。就寝中の停車駅と時刻は....高崎駅(0:28-30)・水上駅*(1:21-23)・長岡駅*(2:46-3:10)・直江津駅*(4:06-08)・糸魚川駅(4:37-37)・魚津駅(5:16-17)・富山駅(5:37-39)・高岡駅(5:54-56)「*が付く駅は運転停車」。

そういえば9号車のスハネ14-751はオハネ14-1を種車にしてるがそもそも14系寝台の試作車として1971年に新潟鐵工で落成。品川客車区へ新製配置されて記念する試験的な初運用は1971年9月30日の下り急行「瀬戸2号(39列車)」だった。1972年3月15日から「瀬戸」は特急化されて20系客車へ変更されたため、試作車(オハネ14 1~7・スハネフ14 1~3)に1972年3月15日改正で量産車を含めて「さくら」「みずほ」「あさかぜ(11レ・12レ)」の運転が始まったけどオハネ14-1他は「あさかぜ」の25形化で品川客車区から尾久客車区へ転属。尾久転属後は1978年10月2日から「北陸」と「北星」の共通運用で使用開始。

 

高岡到着5分前に目が覚めたが昨夜はぐっすりと寝たので清々しい朝だけど他の2人が気になって個室に行くがノックしても返事がない、どうせ遅くまで車窓を眺めていたに違いない。金沢駅到着30分前にもう1回起こしに少し強めに扉をノックするとやや遅れて2名から返事があった。金沢駅まで25分だから着替えてトイレと洗面に済ませて3番個室に集合させると案の定2人は遅くまで起きていたらしくまだ寝たいを連発。1991年くらいまでは乗ったまま金沢駅から西金沢駅まで車両を移動して9時くらいまで寝れたチェックアウトサービスがあったけど終了しているので金沢で降りないといけないのだ。

 

津幡駅(6:17-18)を発車するとやがて寝台特急「北陸」は夜が空ける前の6:30に金沢駅に停車したが雪は降っていないようで何よりだ。牽引機の確認が未だなので家族で一番先頭へ移動すると長岡運転所のEF81-135号機が北陸のヘッドマークを付けて任務を終えて回送として金沢運転所まで回送の発車待機をしていたがスノープロウには雪が付着しており、県境の峠(倶利伽羅峠)は雪だったのかも知れない。

 

近江町市場まで歩き、早朝営業してる店で海鮮の朝食を食べてから兼六公園を散策して路線バスで金沢駅まで戻ってから予約してある駅レンタカーでSクラスのホンダ・シビック・1300㏄ 3ドアハッチバックを借りて能登半島方面に向かった。

 

         ★★★★★Memories of the night train★★★★★