夜行列車の想い出

現在ではサンライズ以外廃止になった定期夜行列車だけど過去の夜行列車・想い出乗車レポートと夜行列車に纏わる懐かしい夜行列車ブログです(1975年以降から)

寝台特急 あさかぜ(B寝台)

1995年1月10日(火)、まだ正月気分から抜けない中、下松出張で東京駅8番線ホームで1往復に集約された寝台特急「あさかぜ」(旧あさかぜ3号)を待っていた。 1994年12月3日改正で通称博多「あさかぜ」は14系寝台車の臨時列車化となって「あさかぜ81・82号」になるが、今まで臨時で運転されていた臨時寝台急行「玄海」まで同じ日時で廃止となったのである。 自分が、子供の頃から見て来た東京発着ブルートレインで廃止になったのは「紀伊」(「いなば」実際には「出雲3・2号」へ改名)だけで2本(博多あさかぜ・みずほ)の歴史ある寝台特急廃止は尋常な事ではなく、これは寝台特急廃止の布石かも知れないと考えていたら寝台特急「あさかぜ」の入線放送が告げられた。

 

18:58に田端運転所のEF65PF-1101に牽引された寝台特急「あさかぜ」(7列車)が、入線すると早速禁煙車の7号車(オハネフ25-137)に乗車して寝台に鞄だけ置いて先頭へ歩いて行くと下関運転所のEF66-44が連結作業中だった。 飲み物を購入して7号車に戻ると発車数分前であったが、入線から発車まで12分間は瞬く間に過ぎて、寝台特急「あさかぜ」は東京駅を19:10に発車。残業を終わらせてから東京駅へ直行したため、夕飯はまだだけど車掌の検札が、終わると東京駅で購入した"とんかつ弁当"と缶ビールで夕食を楽しみながら品川までのオフィスビル群を眺める。(EF65-1101は「瀬戸」の牽引機となる)

 

そういえば「あさかぜ」(旧「あさかぜ3・2号」)の禁煙車は1号車のみだったけど約1ヶ月前の1994年12月1日改正から1号車の他に7号車と13号車も禁煙車に指定されて寝台特急全般に禁煙車が、増えたのは嫌煙派(昔はスモーカー)にとっては嬉しい限りで朗報である。多摩川を渡って神奈川県に入り、横浜駅(19:35-36)を発車すると4号車のラウンジカー(スハ25-301)の自販機で追加の缶ビールを購入して飲み干した。5号車と6号車は8割埋っているのに7号車と隣の8号車は半分以下の乗車率なのはマルス端末の販売バラツキか5・6号車は団体利用客なのであろう。

 

そういえば「あさかぜ」(旧あさかぜ3・2号)と共通運用の「瀬戸」は基本編成(1~7号車車)が下関運転所の24系25形、付属編成(8~13号車)は広島運転所の24系25形だったけど今回乗車したら全車下関運転所持ちの24系25形であった。出張なのにマニアック過ぎだと言われそうだが、どうしても機関車・客車運用は気になるのである(苦笑)。 列車は熱海駅(20:38-39)に停車、先頭のEF66-44では東京から熱海まで運転してきた品川運転所の乗務員から浜松まで運転する静岡運転所の乗務員に引き継がれた筈だ。 ラウンジカーのシャワーーを浴びて寝台に戻ると静岡駅(21:33-34)に入線、少し早いけど今夜は就寝する。

就寝時の停車駅時刻は以下のとおり(<>は運転停車)・・・浜松・(22:28-29)名古屋・(23:39-45)・米原<0:43-44>・京都<1:23-24>・大阪<2:05-08>・岡山(4:15-17)・福山(5:01-01)・尾道(5:16-16)・糸崎(5:26)・三原(5:30-31)。 起きたのは四条(6:05-06)到着直前くらいだと記憶するが、8時間は寝た計算なので爽やかな朝を迎える事が出来た。 4分停車の広島駅(6:35-39)でホームの自販機で甘くない缶コーヒーを買ってから寝台に座ってマッタリ珈琲タイムを楽しむ。 宮島口駅(6:57-58)付近で車窓から海が、見えると下車準備だけ済ましていると岩国駅(7:16-16)に駅弁の車内販売が乗り込むので1号車のデッキまで移動。

 

朝食に手頃な幕の内弁当とお茶を手にして7号車に戻ると急いで食べ始めるが、今回は光駅到着後に8:29発の621Mで下松駅到着が、8:34なので下松では食事する暇が、ないため、岩国駅での弁当販売を逃すと朝食抜きになってしまうのである。また岩国駅からは立席特急券で乗れる"ヒルネ"対象であるが、7号車には乗車が無かったようだ。 弁当を食べ終えて歯磨きが終わると丁度寝台特急「あさかぜ」は柳井駅に(7:41-42)に到着、もう次の停車駅は下車駅の光駅(7:59-8:00)なのでB寝台通路上にある小さな鏡で、ネクタイを直していたら到着の車内放送が流れて定刻7:59、光駅に到着した。

         ★★★★★Memories of the night train★★★★★